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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)4693号 判決

原告 山元商事株式会社

被告 和信産業海運株式会社 外一名

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

1  原告の申立

被告等は各自原告に対し、金一、二四七、三一三円および内金六三一、六〇一円に対する昭和三六年八月一日から、内金六一五、七一二円に対する昭和三六年九月一日から、各完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

被告和信産業海運株式会社は原告に対し金一、〇一六、〇一五円および内金四八七、七八五円に対する昭和三六年八月一日から、内金五二八、二三〇円に対する昭和三六年九月一日から、各完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

2  被告等の申立

主文と同旨の判決を求める。

二、原告の請求の原因

1  被告等は、共同して原告に対し別紙目録〈省略〉第一記載の約束手形六通を振出し、原告は右手形の所持人であるが、これを各満期に支払場所に呈示して支払を求めたところ、支払を拒絶された。

2  被告和信産業海運株式会社(旧商号沿岸油槽船株式会社)は、原告に対し別紙目録第二記載の約束手形二通を振出し、原告は右手形の所持人であるが、これを各満期に支払場所に呈示して支払を求めたところ、支払を拒絶された。

3  よつて、被告両名に対し右1の手形金合計金一、二四七、三一三円および右各手形金に対する各満期の翌日から完済まで法定の年六分の割合による利息の支払を求め、被告和信産業海運株式会社に対し右2の手形金合計金一、〇一六、〇一五円および右各手形金に対する各満期の翌日から完済まで法定の年六分の割合による利息の支払を求める。

三、被告の本案前の抗弁

原告の本訴請求のうち、別紙目録第一記載の(一)ないし(六)の各手形金請求は、同手形の支払地が下関市であるから、山口地方裁判所下関支部の管轄に属し、東京地方裁判所の管轄に属しない。よつてこれを管轄裁判所に移送する旨の裁判を求める。

四、請求原因に対する被告等の答弁ならびに抗弁

1  被告和信産業海運株式会社は、請求原因第一項の事実中、別紙目録第一記載の(四)、(五)、(六)の手形振出ならびに支払拒絶の事実は認めるが、(一)、(二)、(三)の手形振出の事実は否認し、同手形支払拒絶の事実は不知、同第二項の事実は認める。

2  被告豊和海運株式会社は、請求原因第一、二項の事実を認める。

3  被告和信産業海運株式会社を売主とし、原告ならびに訴外岡部寅吉を買主として、昭和三七年四月二四日次のような船舶売買契約が成立した。

(一)  売買の目的物

汽船第五豊和丸

船籍港 下関市

総屯数 一二四、九一屯

純屯数 四九、四二屯

外附属品切(但し現在有姿のまま)

(二)  売買代金 金七五〇万円

(三)  受渡場所 阪神間

(四)  買主は、手附金三、九〇六、六七七円を売主に支払うものとし、内金二、二六三、三二八円は原告が被告に対して有する同額の約束手形金債権(本件手形金)と相殺し、内金一、六四三、三四九円は訴外岡部寅吉が被告に対して有する同額の約束手形金債権と相殺し、右手附金の授受があつたこととする。

(五)  売主は、右船舶に設定されている訴外株式会社秋田銀行の抵当権を抹消して所有権移転登記をする。

(六)  買主は、右抵当権抹消登記用書類、所有権移転登記用書類および船舶の引渡と同時に、残金のうち金一〇〇万円を現金で、その余を手形で売主に支払う。

右契約に基き被告は、同年五月五日第五豊和丸を原告ならびに訴外岡部寅吉に引渡し、同月一六日前記の方法により手附金を授受した。よつて、原告の本件手形金債権は、右船舶売買契約における被告の手附金債権と相殺する旨の合意により消滅したものである。

五、抗弁に対する原告の答弁ならびに主張

1  被告主張の第五豊和丸の売買契約は、被告が昭和三七年五月中に訴外株式会社秋田銀行に対する債務を完済し右船舶に対する抵当権を抹消することを条件として売買契約の効力を発生せしめる趣旨の仮契約である。

2  しかるに、被告は同年五月中に前記抵当権を抹消しなかつたので、右売買契約はその効力を発生していないのである。

3  なお、被告が昭和三七年五月五日第五豊和丸を原告等に引渡したことは認めるが、右は本件売買契約が発効したときは、原告等が右船舶の所有権を取得すべき期待権を有しており、右期待権を確保するため、これを保管する趣旨でその引渡を受けたものであつて、右売買契約の履行として引渡を受けたものではない。

六、証拠〈省略〉

理由

被告の本案前の抗弁につき判断するに、別紙目録第一記載の各手形金請求は、右手形の共同振出人たる被告和信産業海運株式会社(以下被告和信産業と略称する。)と被告豊和海運株式会社(以下被告豊和海運と略称する。)とを共同被告として、被告和信産業の本店所在地を管轄する当裁判所に提起されたものであるから、手形の支払地の如何に拘らず、当裁判所の管轄に属することは明らかである。よつて被告の右主張は理由がない。

次に、原告主張の請求原因事実は、被告和信産業において別紙目録第一記載の(一)、(二)、(三)の手形の提出ならびに支払拒絶の事実を争うほか、当事者間に争がない。

成立に争のない乙第四号証の記載および証人布目誠一、同柴田勉の各証言、被告会社代表者土岐信治本人尋問の結果によれば、右(一)、(二)、(三)の各手形は、被告和信産業(当時の商号は沿岸油槽船株式会社であつたが、昭和三六年六月二九日現商号に変更したものである。)が原告に対して有していた船舶による運送料債務の支払として、当時の被告豊和海運代表者布目誠一から同会社単名振出の手形として原告会社大阪出張所長柴田勉に交付されたものであること、その後右手形は満期に支払場所に呈示され、支払を拒絶された後、右柴田の要求により右布目が、当時保管していた被告和信産業の代表者印を使用し、共同振出人として同被告会社土岐信治の記名捺印を追加したこと、当時被告和信産業は被告豊和海運の持株会社としてこれを支配していた関係にあり、被告豊和海運代表者布目誠一は被告和信産業の総務部長をも兼ね、同被告会社大阪支店における一切の業務を任され、同被告会社代表者印を預り、同被告会社代表者名義で手形行為をなす権限を与えられていたことを認めることができる。してみると、右手形になされた被告和信産業の共同振出人としての記名捺印は、たとえそれが支払拒絶後になされたものであつても、いわゆる署名代理の権限を与えられた者によつてなされた有効な振出署名というべく、同被告から直接原告に右手形を交付したものでなくても、同被告に共同振出人として手形所持人たる原告に対し手形債務を負担するに至つたものと解すべきである。

右認定の事実ならびに争のない事実によれば、原告に対し、被告両名は本件(一)ないし(六)の各手形金、被告和信産業は同(七)、(八)の各手形金ならびに右各金額に対する各満期の翌日以降完済まで手形法所定の年六分の割合による利息の支払義務を有するものというべきである。

進んで被告等の抗弁につき判断する。

成立に争のない乙第一号証および乙第二号証の各記載、証人柴田勉および同岡部寅吉の各証言(後記措信しない部分を除く。)ならびに被告会社代表者土岐信治本人尋問の結果を綜合すると、原告および訴外岡部寅吉は被告和信産業から被告豊和海運所有の汽船第五豊和丸を代金七五〇万円で買受けることとし、昭和三七年四月二四日「権利書受渡仮契約書」と題する書面(乙第一号証)を、同年五月一六日権利書受渡仮契約書覚書」なる書面(乙第二号証)を、それぞれ取り交したこと、右乙第一号証には、前記船舶の表示および売買代金の記載のほかに契約事項として、

(1)  原告および訴外岡部は、本契約調書に調印と同時に金三、九〇六、六七七円を手附金として被告和信産業に支払い、同被告はこれを受領した。

(2)  被告和信産業は、紹和三七年 月 日までに右船舶に設定されている訴外秋田銀行の抵当権を抹消し、所有権移転に関する一切の責務を(完了し)乙に引渡すものとする。

(3)  原告および訴外岡部は、右書類および船舶の引渡と同時に残代金を、現金で金一〇〇万円、その余の残金を手形で被告和信産業に支払うものとする。

旨の記載があり、その末尾に右契約当事者の各記名捺印がなされており、乙第二号証には、右乙第一号証の契約事項中、(1) につきその「手附金」が「内金」と改められ、その金額の内訳として、原告の被告和信産業に対する手形分金二、二六三、三二八円、訴外岡部の同被告に対する手形分金一、六四三、三四九円の記載、(2) につきその期限として「昭和三七年五月 日まで」との記載、(3) につきその手形金額ならびにその支払期日を具体的に表示し、なお(4) として右船舶は昭和三七年五月五日受渡を完了した旨の記載があるほか、右乙第一号証と同一の文言が記載されていること、右乙第二号証にいう内金は手附金の趣旨であり、原告の被告和信産業に対する手形金二、二六三、三二八円は、原告の本訴請求にかかる手形金債権に該当すること、同号証にいう「昭和三七年五月 日まで」というのは、同月末日までの趣旨であることが認められる。

右の事実によれば、昭和三七年四月二四日被告和信産業を売主とし、原告および訴外岡部を買主とする前記第五豊和丸の売買契約が成立し、その代金を金七五〇万円とし、買主はその内金三、九〇六、六七七円を手附金として売主に支払うこととし、残代金は、売主が右船舶に設定された訴外秋田銀行の抵当権を抹消し所有権移転登記の手続をすると同時にこれを現金および手形で支払うことを約し、同年五月一六日に至り、右手附金支払債務と原告の被告和信産業に対する本件手形金債権金二、二六三、三二八円および訴外岡部の同被告に対する手形金債権金一、六四三、三四九円とを相殺して、右手附金の授受にかえ、なお残代金の支払ならびに前記抵当権抹消、所有権移転登記の手続、船舶の引渡を同年五月末日までにすることを約したものと解すべく、乙第一、二号証の各契約書は、その表題の如何に拘らず、その旨の売買契約書とみるのが相当である。

原告は、右乙第一、二号証による売買契約は、被告和信産業が第五豊和丸に設定された抵当権を抹消することを条件としてその効力を発生せしむべき旨の仮契約であると主張するが、乙第一、二号証中にはそのような趣旨を包含すると認められる文言は何等記載されていないのであつて、右主張に沿う証人柴田勉、同岡部寅吉の各証言はたやすく措信し難い。

なお、被告等は右売買契約の履行として昭和三七年五月五日右第五豊和丸を原告に引渡したと主張し、原告は右は原告等が右船舶の所有権を取得すべき期特権を確保するため、これを保管する趣旨で引渡を受けたにすぎないと主張するが、右は前記売買契約に基く船舶引渡義務の履行の有無を争うものであつて、直接右売買契約の成否に影響を及ぼすものではないから、特にこれを判断する必要を見ない。

してみると、原告の被告等に対する本件手形金債権は、前記第五豊和丸の売買契約に伴う手附金債権との相殺契約により消滅したものというべきであるから、原告の本訴請求は失当たるを免れない。

よつて、原告の被告等に対する本訴請求はいずれも棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺忠之)

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